仕事中に何言ってんだか分からない怒られ方
タイトルのまんまです・・・。
「ちょっと、〇〇でしょ!!」
〇〇が聞こえない。
あの~、何言ってんだか分からないだけど。
怒って早口になってるのは分かる。
聞こえないような言い方されても何も分からない。
「何言ってんのか分かんないですけど?」
と正直に言えたらいいが、もっと怒りそうなのでやめときました。
「すみません」
と返事しました。
これでいいとは思ってないけど、ホントに聞こえないんだもの。
体調や疲労度によってさっきまでできていたことが急に分からなくなったり、できなくなったりすることがある。
集中力が途絶えて、周囲の様子が見えなくなっていることがある。
大きな声はうまく聞き取れない。
何言ってんだか分からない怒られ方をしたあと、急に不安になって判断力が落ちて、確認を求めることもある。
こういうことって、病気になる前はなかったんだよね。
でも、精神障害ってどこまでが病気の影響で、どこまでが個人の問題か境界線が分かりにくい。
だから「合理的配慮」というものは主張していい権利なのか、甘えやわがままなのか
自分でも悩み続ける。
わたしだけではなくて、そういう人が多いんじゃないかな?
理解されない世界を生きている。
理解できない世界を生きている。
疲れちゃうよね、そんな毎日。
家族や病院の先生は理解してくれていると思う。
だから、せかされたり、怒ってやらせようということはない。
せかしたり、怒ったりすればできるわけじゃない。
他の人と同じようにはできない、時間もかかる。
そういう病気なんだ、そういう障害なんだと。
これって他人からしたら甘やかしてるからそんな風になるんだと思うのかな。
できなかったことや間違えたことを大目に見てもらいたいとか、優しくしてほしいわけじゃない。
いつだってちゃんとやりたいと思ってる。
迷惑かけないようにしたいと思ってる。
同じことができたりできなかったり、
分かってたり分かってなかったり、
そういうわたしを見てると怒りが込み上げてくるんだろうね。
いいかげんにやってるとか、
全然覚えようとしないとか。
その日によって、1日の中で、ムラがあること、
不安や緊張で思うように人と会話できないこと(特に雑談)、
イラッとしても落ち着いた言葉で話しかけてほしい。
「何回も言った」と言われても、聞こえないと意味がない。
わたしはちゃんと覚えていけるんだから。
前に進んでいけるんだから。
すこ~しずつでも新しいこと覚えていきたい。
やれるようになりたい。
自信を持って仕事できるようになりたい。
障害のことはクローズで働いてるから、何も言わなくても理解してよとは思ってない。
精神障害に対する配慮って周囲の人がそれを「特別なことではない」受け入れる許容力があるかどうかだと思う。
働きやすいかどうかは道具とか手段ではなく、一緒に仕事をする人の気持ち次第ですよって言ったら反感をかっちゃいそうですけどね。